国際協力で大事な〇〇
12月11日を持って、私の年内の活動が終了した。
活動している学校が12日から年明け1日まで、長期休暇に入るためである。
私と同じように他種目(クリケット・陸上・アーチェリー)を指導している外国人コーチたちは皆、母国へ帰国して行った。
そんな私はと言うと...
首都ダッカに滞在して長期休暇を過ごしている。
娯楽もなければすることも限られてくるので、4月から始まったバングラデシュ生活を勝手に振り返ろうと思う。
4月25日、タイ・バンコクを経由してバングラデシュ・ダッカへ到着した。
長期隊員派遣は2016年以来約8年振りで、私と同期隊員の2名がバングラデシュに赴任したのだ。
空港を出るとたくさんのベンガル人が塀の外・内から私たち2人を見つめ、
8年振りの派遣再開を祝福してもらっているような感覚であった。
私の配属先はなんと父が30年前にシニア隊員として派遣されていた国立スポーツ学院(当該国唯一のスポーツ学校)。
父は「水泳」で私は「サッカー」と職種は異なるが、
子供時代から背中を見て育ってきた私からすると同じ場所に立っていることがとても不思議な気がして、この気持ちを言葉では表現できない。
しかし現実は甘くない。ここはバングラデシュ。
学校内を歩いていると必ずと言っていいほど、父の話をされてしまう。
「お前のお父さんを知っているぞ!その息子か!!」
「親父みたいにベンガル語を話せるようになれ」
っと、初めの方はどこへ行っても比較されることが多く、それが嫌だった。
さらに着任当初、任された生徒はほんの僅か数名であった。

常に4人、5人、多くて6−7人...この人数でどうやって練習すればいいんだよ!少しはこっちにも生徒回してくれよ・・・
っと思ったこともある。
初めは「日本からバングラデシュに教えに来てやった」「俺は日本人だぞ」っと、、
どこか驕った気持ちがあった。
このことに気がついたのは活動が始まって3ヶ月ほど経過した時。


目の前の与えられた責務を全うし、
生徒と同じ言葉で会話し、
時には一緒にチャ(紅茶)を飲み、
ひたすら向き合い続ける。
そうしている内にふと気がついた。
私は青年海外協力隊として、ボランティアとして、サッカーコーチとしてバングラデシュへ来たが、
実は私が彼らに支えられているんだなと。
「協力している」のではなく「協力されている」。海外協力する隊ではなく、海外協力されている隊であった。
このことに気がついてからは、苦しいことがありながらも、不自由なことがありながらも、
現地の方々やスタッフ、生徒に支えられながら、なんとか年内の活動をやり切ることができた!!!
初めは数名の生徒から徐々に指導する生徒も増えていき、一人でチームを持つことも任された。





ようやく認められたのかなと、感じる瞬間でもあった。
人数が増えればそれはそれで纏めるのが大変だったり、色々な障壁もあったが、それ以上にやりがいに感じる瞬間だらけだった。
そして!
来年はジュニア世代(14-15歳)が活動している学校に泊まり込みで行き、指導できるチャンスをいただくことができた。
これはバングラデシュサッカー発展の為の未来投資であり、成長期の世代に指導できる喜びと責任を持って、
どんな時も生徒と同じ目線で活動していく。
国際協力で大事な、
焦らず、驕らず、諦めず!
ゆっくり私のペースで彼らの心を掴みにいくことを忘れずに来年も駆け抜けるぞ!